第1回文哲研アンダーグラウンド「音楽と国家」:
京都芸術大学の吉岡洋教授と三輪眞弘教授による対談形式のイベント、《第1回文哲研アンダーグラウンド「音楽と国家」》が5月19日に開催された。
会場となった京都・銀閣寺近くの「アンダースロー」は、劇団「地点」のアトリエである。三輪が音楽監督を務める地点の作品上演(「汝、気にすることなかれ」(*1)作:エルフリーデ・イェリネク)や、フォルマント兄弟(三輪と佐近田展康によるユニット)の登壇した《地点カルチベート・プログラム レクチャー2「音/声が生まれる!」》(*2)など、これまでにも先鋭的な試みがここで行われ、人気を博してきた経緯がある。

1. 企画の背景:なぜ「アンダーグラウンド」なのか
今回のトークは、まず「なぜこの場所で、夜の時間帯に開催するのか」という企画の背景説明から幕を開けた。
主催は京都芸術大学(文明哲学研究所)だが、教室での授業のような形式を避け、あえて授業や就業時間と重ならない時間帯を設定し、銀閣寺道という文化発信地で「アンダーグラウンド」について考える・・・というのが発端だった。
そして「アンダースロー」という場所の名に触発された吉岡が「テーマはアンダーグラウンドだろう」と提案したところ、三輪が即座に「アンダーグラウンドといえば反体制ですよね」と呼応した。このやり取りが決め手となり【現代において「反体制(カウンターカルチャー)」という概念はリアリティを持ちうるのか】という問いがテーマに据えられたのである。
2. 現代における「体制」と「反体制」の再定義
議論の序盤、吉岡によって現代における「体制」と「反体制」の再定義が提示された。
(1)現代の「体制」とは保守的なイデオロギーではなく「市場原理」と「技術的合理性」そのものである。このシステムは、人々に「何かの役に立つこと」=希望を持つことを強要する
(2)それゆえ「反体制」とは革命的左翼のような運動ではなく、システムの外部から「絶望を叫ぶこと」へと再定義される。
3. 歌とナショナリズムの関係
また「歌」のもつ「体制を維持する装置」としての機能についても触れられた。
吉岡によれば、近代国家において学校は国家に直結しており「校歌は国歌に繋がっている」。校歌は愛校心を通じて共同体への帰属意識を強化し、そのエネルギーを国家的な国民養成へと回収する機能を持つ(*3)


4. 抵抗の試み:IAMAS校歌と「非公認」の自由
これらの観点を象徴する具体例として提示されたのが、三輪による「IAMAS校歌」(*4、2000年作曲)である。
岐阜県立のメディア系大学院大学であるIAMAS(情報科学芸術大学院大学)の開学当初、三輪は「校歌などいらない」と退けていた。しかし1999年の国旗国歌法成立後、教育現場で「君が代」の強制が問題化したことを受け、三輪はあえて「勝手に」校歌を作曲した。
「好きで自発的に歌うのは素晴らしいが、歌うことを強制されることほど恐ろしいことはない」と考える三輪にとって、校歌の制作は「独自の校歌があるから、君が代は不要です」と主張できるようにする戦略的な抵抗でもあった。
5. 歌の強制
この「歌の強制」というテーマに対し、吉岡は自身の原体験を重ね合わせる。小学校時代の遠足で、バスガイドがマイクを回して一人ずつ歌わせる「強制された楽しさ」に強い苦痛を感じたという。(*5)
「彼らは歌が好きなのではなく、楽しい遠足という『偽の現実』を演出し、維持するために歌を利用していたに過ぎない。本当に歌を汚しているのは強制している側だ」と、吉岡は、歌に潜む心理的な暴力を厳しく批判した。
こうした「好きで自発的に歌う」のではない唱歌のあり方について三輪は「無理やり歌わされているうちに好きになってしまう、あるいは覚えてしまう」というプロセスの背後にある「暴力性」を指摘し、話題はもう一つの対照的な実例、京都芸術大学の学園歌「59段の架け橋」(*6)へと移っていった。
6. 市場原理への適応:J-POP風「君が代」の危うさ
秋元康が作詞した京都芸術大学の学園歌「59段の架け橋」について、吉岡は「伝統的なナショナリズムを抜き去り、帰属のエネルギーだけを抽出して市場へと流し込む、市場原理に適応した歌」と評した。
これを受けて三輪が自身の作曲による「君が代」(J-POP風のもの)をピアノ弾き語り形式で実演した。その明るく親しみやすいメロディに対し、吉岡は「現代の体制(自民党や経団連)側は伝統よりも効率を重んじる実務家であるため、この歌は(採用されてしまうかもしれないので)危ない」と指摘した。
7. 質疑応答、小さな共同体と「表現の大原則」
質疑応答は、三輪の「反体制」的スタンスの原点についての質問や、IAMAS校歌が非公認でありながら歌い継がれていること、そもそもの歌にある「魔術的な力」と言葉との関係、更には海賊放送についてなど、多岐の話題に及んだ。
最後に、体制や市場に回収されない表現のあり方が提示された。
吉岡は、コロナ禍にネットを介して友人と歌い「涙が出るほど感動した」経験を例に、国家のような巨大な組織への帰属ではなく、「顔の見える規模の共同体」で機能する歌や対話の重要性を強調した。
何万回再生という市場の論理とは別の次元での連帯を肯定し、三輪が掲げる「勝手にやるのが表現の大原則である」(*7)という言葉で対話は締めくくられた。
中学校時代の抑圧体験を原風景に持つ三輪にとって、誰にも強制されず、自律的な個人の足場を確保することこそが、現代における反体制(アンダーグラウンド)の核となる。
制度や市場に抗うのではなく、それらから離れて「勝手に」表現を続けることの意義を再確認し、第1回の対話は終了した。
*1・・・ 2017年8月/10月 https://chiten.org/archives/macht-nichts/
*2・・・ 2014年12月21日 http://formantbros.jp/activity/地点カルチベートプログラム「音/声が生まれる/
*3・・・ 企画の開催概要でも触れられている https://uriubekkan.jp/1639/
*4・・・ IAMAS校歌のページ(アーカイブ) https://keikou.info/mmiwa/miwato/IamasSong/MakingOf.html
*5・・・ 吉岡のテキスト「その歌を一番穢している者たち」 https://web.archive.org/web/20150325195647/http://chez-nous.typepad.jp/tanukinohirune/2013/04/その歌をいちばん穢している者たち.html
*6・・・「59段の架け橋」 https://www.kyoto-art.ac.jp/info/song/
*7・・・ 参考:三輪眞弘「コンピュータ・ミュージック 巨大スタジオから「勝手に」やる人まで」作品社『アヴァン・ミュージック・ガイド』所収 https://sakuhinsha.com/art/3275.html


記録:圜羽山圜(蛍光資料)

