「コスパ」・「タイパ」が求められ、「何のためでもない時間」が消滅しつつある現代。しかし本当に「考える」ためには、かつての土曜日の午後のような予定のない心の余裕が必要です。
本講座は、最短ルートで正解を教える「ナビ」のような教養講座ではなく、コンセプトとして「考える=迷子になる」ことを目指します。情報過多の時代だからこそみずから迷い、考える心の余裕を取り戻します。
哲学とアートのための12の対話 2026「土曜の放課後3」
(公式ページ:https://sat3.kosugiando.art/)
第5回《欲望》──それは自然に湧いてくるものなのか?
欲望は、生きるために必要な「本能」ではありません。食欲や性欲は、一見生きることに直結しているようにみえるが、そうではありません。私たちは生きるのに必要以上に食べたがったり、さらには生きることを害するような食欲さえ持ちます。性欲も、子孫を残すという目的を遥かに越えて増幅・多様化することは言うまでもありません。欲望とはそもそも「過剰」なものなのです。満足させても幸福になれません。欲望は生きるという目的に反しているようにすら思えます。いったいなぜこんなものが存在するのでしょうか。
欲望は身体の内部から抗い難く湧いてくるような感覚を伴いますが、歳を取ったり環境が変わると、ウソのように消失することもあります。子供の頃あんなに欲しかったものが、大人になると何も感じなくなるという経験があるでしょう。高度経済成長の時代、若い男子はあんなに生身の女を妄想していたのに、バブルが弾けるとオタクになり、デフレ停滞期になると「草食系」になってしまいました。欲望が内から自然に生じてくるというのは錯覚であり、本当は外からの条件付けによって簡単に生じたり弱まったりするのです。
欲望に関するもう一つの錯覚は、特定の対象がそれを惹起するという感覚です。美味しそうな食べ物が、自然に食欲を掻き立てるかのように思える。誰もが羨む素晴らしいパートナーに、自分が愛されたいと思う。あるいはこうありたいと望む未来の自分が、こっちに来いと呼んでいるように感じる。欲望はその対象としっかり結びついているかのように思えます。しかし、前回最後に触れたフロイトの精神分析では、欲望を支えるエネルギーであるリビドーそれ自体は特定の対象と結びついていません。だからそれは、多種多様な対象と結合することができ、それが人間の文明や文化を作り出してもいると言うのです。 次回は「欲望」をキーワードとして、そもそも人間が何かを「欲する」「求める」とはどういうことか、そして「愛」とは何かについて考えます。(吉岡 洋)
| 日程 | 2026年7月18日(土) |
| 時間 | 13:30〜15:30(受付開始:13:00) ※ 受付が混雑しますので、開始10分前にはお集まりください。 |
| 会場 | 会場B:FRAME in VOX 京都府京都市中京区大黒町44 河原町VOXビル 3F (MEDIA SHOP前(建物に向かって左側)の階段またはエレベーターにて、3Fまでお上がりください) |
| 参加費 | 通常1,000円/回 (京都芸術大学、京都女子大学の学生は参加費無料です) ※ 前日までに下記からお申し込みください。 ※ 参加費は当日、会場受付にて頂戴します。 |
| 申し込み | https://sat3.kosugiando.art/form/contact.php ※ 前日までにこちらのフォームからお申し込みください。 |
| 記録映像視聴 | 【ただいま準備中です】 通常3,000円/10回 (京都芸術大学、京都女子大学の学生は無料です) ※ 第2回から第11回までの記録映像を後日、ネット上で視聴いただけます。(配信までに時間を要します) ※ 第2回(4/18)記録映像の完成後に、申し込みを開始します。 |
| 公式ページ | https://sat3.kosugiando.art/ |
| 主催 | 土曜の放課後・実行委員会 (植田憲司、吉冨真知子、谷本研、二瓶晃、由良泰人、大西宏志、安藤泰彦、小杉美穂子) |
| 共催 | 京都芸術大学 文明哲学研究所 |
| 協力 | FRAME in VOX/株式会社デンキトンボ、京都女子大学、公益財団法人 奈良屋記念杉本家保存会 |
吉岡洋・哲学とアートのための12の対話 2026「土曜の放課後3」
かつては、会社も学校も土曜日は休日ではなくて「半ドン」(午前中だけ)でした。そのため土曜の午後には他の曜日とは違って、「ポカンと空いた」ような、何か特別な雰囲気がありました。何をするのでもない、何のためでもない時間。一方現代では、何事もキッチリ予定が決められ、「コスパ」「タイパ」などと言われて、できるだけ無駄をなくすように誰もが追い立てられています。休息や遊びですらそれに最適な場所や時間が用意されて、「何のためでもない時間」は消滅しました。
この「土曜の放課後」の出発点は、2023年に室井尚さんと共に構想した「考える=迷子になる」というコンセプトです。そして迷子になるためには「何のためでもない時間」が必要なのです。多くの教養講座は、情報過多で迷子になっている人に目的への最短距離を教える「ナビ」のようなサービスを売り物にしています。ネット動画も「私こそ正解を知っている」と話す人たちで溢れています。「土曜の放課後」はそれらとは逆に、「考える」ために「ナビ」を捨て、みんなで「迷子になる」ことを目指しています。そうした心の余裕こそ、今いちばん大切なものだと思うからです。
とはいえ、何の道しるべもないのでは「迷子になる」ことすらできません。そこで2026年度は10個の大きなテーマと、それに関わる10の問いを立ててみました。これらは正しい答えに到達することが重要ではなく、私たちが自分で考えるための手がかりを与えるものです。これまでと同様、2時間の講座の前半は吉岡がお話ししますが、それは皆さんが知らない知識を一方的に教えるためではなく、みずから「考える」ことを実演して見せ、それによって皆さんを「考える」ことへと誘惑するためです。これが、哲学することの根源的な意味なのです。
吉岡洋 + 土曜の放課後・実行委員会

